富 士山高所科学研究会 |
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大気化学の研究プロポーザル富
士山頂における大気化学観測
研 究プロポーザル 図
富士山は高さ4000m近い巨大な観測タワーです
(富士山の大気化学研究における利用イメージ) 富士山高所科学研究会 2005年 3月 PDF版はこちら <目 次> はじめに 1. 背景 1.1 大気化学観測ネットワーク 1.2 産業化で排出・輸送される大気微量成分の「交差点」である日本 1.3 観測ステーションの配置と大気化学観測の意義 2. 大気化学観測拠点としての 富士山頂の優位性 2.1 立地 2.2 直接観測・定点連続観測 2.3 費用対効果 3. 富士山頂で実施すべき研究 課題は何か 3.1 広域大気汚染 3.2 超長距離輸送 3.3 気候変動関連物質 3.4 微生物 3.5 気候変動に伴う大気化学の変動 3.6 国際的な研究連携 4. 富士山頂における研究の提 案 4.1 長期モニタリング 4.2 プロセス研究 5. これまでの富士山頂におけ る大気化学観測の経緯と成果 5.1 経緯 5.2 これまでの成果 論文リス ト 個別的観 測項目のプロポーザル 補遺 参考写真 は じめに 気象庁は,気象衛星の発達,気象レーダー網の整備,上空の風向風速を電波で推定するウインドプロファイラなどの整備によって,富士山での気象観測の必要性 は低下したと判断し,2004年10月に山頂剣が峰に位置する富士山測候所の冬季閉鎖に踏み切った。2005年秋以降,同測候所は完全無人化されることも 決している。同測候所は,70年来有人観測を続けてきたが,すでに1999年にレーダー観測が停止され,2001年にはレーダードームも撤去された。 しかしながら,気象観測の必要性が低下したとしても,富士山頂に観測施設を設けておくこと自体の価値がなくなったわけではない。環境科学のみならず,高所 医学,スポーツトレーニング学,天文学,宇宙科学,地震火山学,先端材料技術,極限環境機器開発など幅広い学問領域に開かれ,教育・野外活動の拠点として も利用可能な効率的な施設を富士山頂に実現することは,我が国にとってすぐれて今日的な重要課題であると考える。 そこで,研究者有志30数名によって学術横断的に「富士山高所科学研究会」を組織し,その壮大な計画である富士山測候所跡地有効活用に関する専門的な提言 として,大気化学部分として本プロポーザルの取りまとめを行った。国の科学研究計画策定に影響力をもつ機関・委員会,あるいは関連の省庁,学術団体などに (※編者注:広く一般市民向けに提示する資料は作成中),研究者集団として何を目標として,どのような研究を富士山頂で実施したいのか,具体的に提示する ことがそのねらいである。関係各位のご理解とご支援を 心よりお願い申し上げる。 代表世話人 浅野 勝己(筑波大学名誉教授),土器屋 由紀子(江戸川大学教授) 富士山高所科学研究会URL:http://fuji3776.net/ 大 気化学観測プロポーザル 自由対流圏の大気を現地で研究し,地球をとりまく大気の質を定点で長期連続観測するために,本プロポーザルで述べるような有利な立地条件を有し,かつ利用 可能な拠点がわが国には存在する。それが,70余年にわたって有人気象観測が続けられ,2004年9月をもって冬期閉鎖された富士山測候所である。「事実 発見的現場研究」(篠田雅人,「砂漠と気候」,成山堂書店,2002)が環境研究には必須である。その現場としての富士山頂は,以前と変わらずにそこに あって,わたしたちの利用を待っている。 1. 背景 産業革命以来,2世紀あまりにわたって排出され続けてきた人為起源物質により全球規模で大気の質の変化が生じてきており,これが原因の一つとなって大気 の酸性化,地表に達する紫外線量の増加,そして気候変動など,いわゆる地球環境問題が顕在化しつつある。 1.1 大気化学観測ネットワーク このような広域的な大気の質の変化は,世界各地に点在する多数の定点観測ステーションにおいて捉えられてきた。気候変動に関連する物質としては,よく知 られているようにCO2の長期観測がハワイ・マウナロア山において1958年に開始され,その後温室効果に関連するガス状物質の測定は,世界気象機関 (WMO)のGlobal Atmosphere Watch (GAW)ステーションとして参加各国が世界各地の遠隔地に展開した観測網において継続されてきた。 図
1 高所における大気化学観測点の分布
一
方,大気汚染的な観点からの大気化学観測としては,1970年代以降の酸性降下物の環境影響に関
する社会的関心の高まりに対応して,米国
(NAPAP),ヨーロッパ諸国(EMEP),東アジア(EANETなど)の広域ネットワークが形成されている。また,米国では大気エアロゾルの地上測定
ネットワークであるInteragency Monitoring of Protected Visual Environment
(IMPROVE)も立ち上がった。しかし,山岳を主体とした観測ネットワークは未だ存在しない。1.2 産業化で排出・輸送される大気微量成分の「交差点」である日本 アジア諸国では20世紀末から人口増加と産業化が急激に進行し,この地域から排出される汚染物質が,今世紀における全球規模の大気の質の大きな変化要因 となることが予想できる。特に,世界最大の石炭消費地域である中国の経済発展は,石炭燃焼によるCO2などの温室効果ガスと同時に,二酸化硫黄(SO2) などの「従来型の大気汚染物質」の大量放出に繋がると懸念される。ここで注目されるのは,SO2や窒素酸化物(NOx),すす粒子などのCO2に比べて短 寿命の従来型大気汚染物質の放出であっても,その量的な大きさから,CO2などの長寿命温暖化物質の「専売特許」と考えられてきた気候変動問題に対して, 無視し得ない影響を与えかねない点である。すなわち,SO2から生成する硫酸粒子やすす粒子などの微粒子(エアロゾル)が,エネルギーのやり取りである放 射の伝達を直接的に擾乱するだけでなく,雲の寿命を延ばす働きで間接的に放射に影響を及ぼす効果に対する注目が高まっている。また対流圏オゾン(O3) は,気候変化に関する政府間パネル(IPCC)において,CO2,メタンに次いで3番目に大きな放射強制力をもたらす温室効果気体であると評価されている が,NOxと炭化水素類から光化学反応により生成する物質でもある。アジア大陸起源のこれらの物質は,偏西風に乗って太平洋上に流出,長距離輸送され,そ の一部は日本を含む北西太平洋域において影響を及ぼし,さらに一部は超長距離輸送されて半球あるいは全球規模での濃度場形成に寄与する。また,自然起源の 物質ではあっても気候変動との関連からその増減が注目される黄砂現象や近年大規模化しているシベリア地域の森林火災から放出される煙なども,アジア大陸東 岸を通過して長距離輸送されることから,日本を含むこの地域は,さまざまな大気微量成分が合流する「交差点」ともいうべき場所である。 1.3 観測ステーションの配置と大気化学観測の意義 しかし,東アジア・北西太平洋域における大気化学観測点の配置は,わが国における気象庁所管のGAWステーション(綾里,与那国,南鳥島)および国立環 境研究所の(波照間,落石)2つのステーションを含めても,大気環境監視や,数値モデルの検証にとって不充分だと言わざるを得ない。また,現状の観測点す べてが海抜高度の低い地表観測点であり,観測対象は大気境界層内を輸送される,あるいは上層より降下してきた物質に限られる。しかし,大陸上からの物質の 輸送は,総観スケール(1,000km)〜メソスケール(100km)の気象と連動して生じることから,長距離輸送のメカニズム解明のためには鉛直方向へ の輸送を詳細に調べる必要がある。また,対流圏オゾンの観測においては,成層圏起源の(自然の)オゾンと対流圏で光化学的に生成した(人為的な)オゾンの 寄与割合を推定することが求められる。さらに,大気境界層より上の自由対流圏内での物質の濃度,輸送や反応過程等を観測することにより,半球あるいは全球 的な大気の質のさまざまな変動,将来の影響を明らかにする上で貴重なデータを得ることができる。 大気中の化学物質の濃度場や変動予測を,それぞれ,化学天気図,化学天気予報と呼ぶことがある。天気予報と同じように,数値モデルによる化学物質の分布 や濃度場を予測する試みであり,現在,急速に発展しつつある。より正確で精度の高い化学予報を行うためには,数値モデルのパラメータの改良や計算スキーム の改良など,モデル性能の向上が必要であり,そのためにモデル予測結果と観測データとの比較・検証が必要である。富士山での観測は,局地的な汚染源(ノイ ズ)が点在する地表の観測に比べて,観測データの空間代表性が高く,検証データとしても貴重である。また,鉛直的な化学物質の濃度情報を提供できる点も有 用である。 2. 大気化学観測拠点としての富士山頂の優位性 2.1 立地 日本周辺に富士山に相当する孤立した高峰は他にない。その鋭鋒は,4,000 m近い高さの観測用鉄塔と同様である。富士山周辺から排出された汚染物質は,山麓,山腹を経て山頂に達することはなく,多くの場合,長距離輸送された上空 の気塊を捉えている。また,その高さと見晴らしのよさから,光学・放射センサーによる観測(リモートセンシング観測),特に横方向,見下ろし観測にも適し ている。また,富士山の山体を観測タワーとして利用し,種々の化学物質の鉛直分布のデータを得ることも可能である。 図
2 富士山山体の観測タワー利用
2.2 直接観測・定点連続観測 多種にわたる化学種を自由対流圏内の定点で直接・高時間分解能・長期連続観測できるため,アジアから太平洋に輸送される黄砂,酸性物質,温暖化物質,有害 有機物,放射能,微生物などを監視できる。これは,地球全体を巡る物質循環像を描くために極めて有効な手段である。人工衛星やレーザーレーダー(ライ ダー)などによるリモートセンシング観測では実現できない,大気の直接採取が可能なことは,自由対流圏での化学的変質過程を詳しく把握する上で有利であ る。 2.3 費用対効果 電源・空調設備を備え,観測に適した施設(富士山測候所)が既に存在し,全く新規に施設を建設する必要はない。また,他に利用可能な大気化学観測の手段で ある気球観測や天候に左右される飛行機観測と比べ,費用的には安価である。人工衛星は1基数十億円以上,飛行機観測も1回の観測キャンペーンで数百〜数千 万円のオーダーの費用が掛かる。それに比べると,富士山測候所の現状の運営経費は,観測員などの人件費を含めても,年間1億数千万円である。 3. 富士山頂で実施すべき研究課題は何か 3.1 広域大気汚染 NOx,一酸化炭素(CO),炭化水素による汚染や対流圏オゾン,過酸化物の濃度変動を監視する必要がある。このほか,風上側の大陸で発生し大規模に輸送 される風送ダスト(黄砂)や,それに付着している微生物も監視対象となり得る。さらに新産業技術の展開があれば,新規汚染物質の放出があり得る。それらの 長距離輸送の監視を行う。これらの監視は同時に,自然起源物質の循環研究にもつながる。 3.2 超長距離輸送 越境汚染に関する研究では,現在,東アジア起源の物質を対象とした観測と,アジア地域だけを対象にした数値モデルによる物質輸送の解析が主体となってい る。しかし,これまでの富士山頂での観測では,アジア大陸中緯度域のみならず,それを超えた領域(シベリア,東南アジア,インドなど)からの汚染気塊が観 測されてきた。「1,000〜2,000 km規模の長距離輸送現象」を超えた「大陸間あるいは半球規模の超長距離輸送現象」の実態・メカニズム解明を行うことが,地球における物質循環の全体像を 明らかにする上で必要となる。 3.3 気候変動関連物質 気候変動関連物質を監視することは重要な課題である。世界各地においてCO2などの温室効果ガスの長期・高精度観測が実施されているが,自由対流圏高度に おける観測拠点は世界的にも少なく,国内には存在しない。大気エアロゾルは温室効果ガスと比べると短寿命であり,その構成物質(すす,硫酸塩,海塩,黄砂 など土壌系粒子,火山灰など)それぞれの発生源,粒子サイズ,物性,大気中からの除去過程等が異なることから,各物質の空間的な分布状態が大きく異なり, 時間的変動も大きい。発生源から輸送された物質の大気中濃度場を再現する数値モデルの検証において,自由対流圏高度での連続データがアジア大陸東岸地域で 得られることは大きな意味を持つ。大気中の温室効果ガスやエアロゾルの全球分布を正確に計算・予測することは,これらの物質の気候影響の評価に不可欠だか らである。 3.4 微生物 大陸からの大気の流れに乗って輸送される微生物を経時的にモニタリングすることは,微生物生態学の分野のみならず疫学の視点からも重要である。 土壌や水圏とは違って大気中の微生物密度は極めて低く,活動しているというよりは,むしろ紫外線や乾燥などのストレスにじっと耐えている状態と予想され る。通常の微生物自体の能動的な移動は主に鞭毛を使ったもので,おのずから限度がある。しかもこの移動は水中に限られる。しかし,微生物が微細な土壌粒子 などに付着していると,風送ダスト現象によって比較的短時間の内に長距離を運ばれる可能性がある。そして生育条件の合った場所に到達すると,再び活動をは じめると考えられる。場合によってはそれが人間生活にも影響を及ぼすこともあり得る。しかしながら,大気中の微生物の分布と長距離輸送に関する情報はきわ めて少ない。 3.5 気候変動に伴う大気化学の変動 人為起源物質の大規模汚染による地球温暖化→気候変動は,気温と風の変化として現れてくる。地球温暖化によって,特に高緯度では温度が 上昇し,成層圏では 温度の低下が顕著になる。この結果,空気の南北の移動や東西の流れが大きく変化すると考えられる。たとえば,偏西風帯の緯度変化,成層圏・対流圏大気交換 の活発化などが起きるかもしれない。このような流れの場の変化は,化学物質の収支に直接影響する。そのため,化学物質の分布も連動して変化するはずであ る。この変化は,地表からのさまざまな汚染源が入り交じった大気境界層内部よりも,自由対流圏において高感度で検出することができると考えられる。 3.6 国際的な研究連携 上記の超長距離輸送を考えた場合,富士山単独ではなく,観測の歴史が長いヨーロッパアルプス,ハワイのマウナロア山,中国のワリガン山などの大気化学観測 や,現在計画中の中国の長白山などでの大気化学観測とも連携して「自由対流圏観測ネットワーク」を構築しその一部として機能することにより,より包括的で 有機的な研究を実施することができる。インドにおいても,従来我々が富士山で実施してきた観測項目よりも充実した体制で,ヒマラヤなどの高所山岳で大気化 学観測を進めている。科学技術において先進国となったわが国が,高所に大気化学観測拠点を持ち,各国と連携を深めながら観測を行なうことは,国際的な責務 の一つであろう。 4. 富士山頂における研究の提案 4.1 長期モニタリング ○広い意味での「大気酸化能」に関する研究を実施することを提案 する。 近年の人為活動の拡大,とりわけ世界人口の半分近くを占めるアジア地域における拡大は,全地球規模での大気汚染をもたらしつつある。対流圏オゾン濃度の上 昇はその顕著な表れである。 そもそも,対流圏大気中では反応活性な微量化学種により恒常的に化学反応が生じている。このような反応は,日中(太陽光照射時)に活発になり「大気光化学 反応系」と呼ばれる。大気中のNOxやSO2,CO,炭化水素類などは酸化分解され,それらを構成する原子の最終酸化物,硝酸,硫酸,CO2,水などに変 換される。そのような過程で,ある条件下では大気中にオゾンなどの酸化性物質が蓄積する。都市域でこの蓄積が優勢な場合が,いわゆる「光化学スモッグ」現 象である。一方,自然の大気環境中では,成層圏で高濃度に存在するオゾンが対流圏に下りてくる。このオゾンは,極清浄大気中ではOHやHO2といった活性 ラジカル化学種により触媒的に分解され,成層圏でのオゾン生成→対流圏への移流・拡散→対流圏でのオゾン分解の流れ で,定常濃度を保ってきた。しかし,人 為的なNOx放出でその濃度が数十〜100pptvのレベルに達すると,光化学スモッグ生成反応が卓越する。 数値モデル研究によると,NOx,CO,炭化水素類といった前駆物質が大量に放出されることで,大気境界層内の局地的な現象であった光化学スモッグ(都市 公害型の濃度レベルではないが)は,自由対流圏全体に広がる。これは単に対流圏オゾンの濃度の上昇ということに止まらず,大気の「酸化能」の質的な変化を 意味している。従って,その長期的監視は不可欠である。 一方,先進国で進められつつあるエネルギー転換,とりわけ水素を燃料とする燃料電池への転換は,大気光化学的に反応性の低い水素の放出を伴い,最終的に は成層圏大気中の水蒸気濃度の上昇とそれによるオゾン層破壊の進行をもたらす危険性が懸念されている。 このように,全球的な大気の質の変動,それも対流圏−成層圏間の相互の係わりを含めた変動を,大気の「酸化能」の観点から長期にわたりモニタリングする ことの重要性が今後高まると考えられる。 ○「大気エアロゾルの特性と気候影響」に関する研究を実施するこ とを提案する。 大気エアロゾルは,太陽放射を散乱・吸収することで地表-大気システムの放射バランスに影響を与え,また雲核として雲の形成に不可欠であることから,その 増減によって雲の反射率や寿命に影響を与える。このような過程により,人間活動による大気エアロゾルの増加が気候に影響を及ぼすことが理論的に指摘されて いるが,影響の程度に関しては未だ多くの不確定要素がある。富士山頂において自由対流圏中のエアロゾルの特性(化学組成,粒径分布,光学的特性,雲核活 性,雲の微物理特性)を連続観測することによって,エアロゾルの気候影響の検出・モデル化において極めて質の高いデータを収集することができ,将来の気候 変動を予測するうえでの不確定要素を低下させることが期待できる。また,自由対流圏での大気エアロゾルの光学的特性モデルを構築することで,人工衛星から リモートセンシングで得たデータから,大気中の物質の広域分布を導出 (リトリーバル) するために不可欠な情報を提供することができる。 4.2 プロセス研究 ○自由対流圏における「大気化学反応過程」に関する精密観測を提 案する。 対流圏の大気化学反応は,多くの場合,オゾンの光分解により生成する励起酸素原子と水蒸気の反応によるOHラジカルが中心的役割を果たしている。OHラジ カルは対流圏オゾンの生成に寄与し,またSOxやNOxと反応し大気を酸性化する。更に温室効果気体であるメタンや代替フロンの大気寿命を支配していると 言われている。地表から約1kmの大気境界層内では,この描像は妥当なものと考えられるが,自由対流圏大気でも同様な事象が起こっているかどうかは,明ら かになっていない。例えば,自由対流圏ではNOの発生源はほとんどないことから比較的高濃度のNO3の存在が期待されるが,NO3は非常に反応性が高いこ とから,多くの炭化水素類を酸化する能力を持つ。その結果,ある種の温室効果気体の大気寿命を短くすることになる可能性がある。これらの観点からも,自由 対流圏でのNOxやその他の反応性気体成分の精密測定が必要である。 ○「大気擾乱に伴う物理的混合過程と化学過程とのリンク」に関す る研究を提案する。 富士山頂の高度では,上部対流圏(下部成層圏)由来の空気塊と大気境界層由来の空気塊の混合が生じており,化学物質はこれらの気塊の一部として輸送されて いる。そこで,成層圏−対流圏の物質交換,大気境界層からの汚染物質の自由対流圏への輸送と,それに引き続く長距離輸送は,気象学的にリンクしている。こ れは,低気圧−前線システムが発達することによるもので,上層からのいわゆる「トロポポーズ・フォールディング→ドライイントルージョ ン」と下層からの 「ウォームコンベイヤーベルト」,積雲対流とが結合した,大気の大規模な鉛直混合が発生する。この際,成層圏オゾンは自由対流圏内に大量に流入する。この オゾンがどの程度自由対流圏の大気化学に影響するのか,解明する必要がある。また,「ウォームコンベイヤーベルト」によって,また,寒冷前線後背部での積 雲対流の活発化により,自由対流圏にSO2,NOx,さらに土壌系粒子などの物質が大気境界層から持ち上がる。このような混合過程にリンクした光化学,酸 化反応などの化学過程を観測的に明らかにする。 低温,低湿度条件の自由対流圏では化学種の寿命も相対的に長いため,大気微量成分の時間変動については,空気塊の輸送と拡散を考慮しなければならない。そ のため,上層空気のトレーサーとして宇宙線生成核種7Beを,大気境界層から輸送される下層空気のトレーサーとして地表面から発生する放射性希ガス 222Rn(ラドン)を使用して,空気塊の鉛直混合,拡散の評価を行う。 5. これまでの富士山頂における大気化学観測の経緯と成果 5.1 経緯 各種の微量気体成分(オゾン,CO中心)の連続観測や大気エアロゾルの物性や存在量,並びに降水の化学成分について,気象研究所ならびに他研究機関・大学 がその特性を把握すべく,ここ10年近く観測・研究を行ってきた。最長の時系列データはオゾンで,1991〜2004年のおよそ13年間分のデータがあ る。2002年からは,文部科学省科学研究費補助金を受けて,SO2計,ラドン計,エサロメーター,CO2計など新たな観測項目を加え,大気バックグラウ ンドステーション並の観測項目で集中観測を実施した。 しかし,残念なことに,気象庁は気象観測の妨げにならないと言う厳しい条件のもとでしか研究協力を受け入れて来なかったため,大部分の観測項目について数 年以下のデータしか取得できておらず,大気化学観測としては不充分なものでしかなかった。 5.2 これまでの成果 とは言え,10年間以上にわたって,自由対流圏でオゾンの時系列データを得たことは大きな成果である。オゾンの日変動はマウナロアに比べ約1/6で,山谷 風による変動は小さい。春季にオゾン濃度は上昇し,夏低く,また秋になると,春の水準に近づく。上部対流圏(下部成層圏)からのオゾン輸送が観測できる。 そのほか,三宅島からの噴煙の輸送,アジア大陸起源の大気汚染や黄砂やロシアからの森林火災の煙など,さまざまな要因による汚染気塊やエアロゾルを明瞭に 捉えることができたことも成果である。また,長距離輸送されてくる物質と近傍の地表起源の物質を区別したり,対流圏上部からの気塊を区別したりするため に,放射性同位体(7Beや222Rn)の観測が有効であることも示された。 ≪ 論文リスト≫ 1) Dokiya, Y., K. Hayashi, T. Hosomi, H. Kamata, E. Maruta, S. Tanaka, J. Ohyama and K. Fushimi, Measurement of acidic deposition at remote sampling sites., Anal. Sci., 7, Supplement Issue, 1001-1004 (1991). 2) 土器屋由紀子, 坪井一寛, 丸田恵美子, 富士山の降水の化学成分の季節変化, 天気, 40, 539-542 (1993). 3) 丸田恵美子, 土器屋由紀子, 坪井一寛, 富士山における降水の化学成分と気象要因, 環境化学会誌, 6, 311-320 (1993). 4) Tsutsumi, Y., Y. Zaizen and Y. Makino, Tropospheric Ozone measurement at the top of Mt. Fuji, Geophys. Res. Lett., 21, 1727-1730 (1994). 5) Dokiya, Y., K. Tsuboi , H. Sekino, T. Hosomi, Y. Igarashi and S. Tanaka, Acid Deposition at the Summit of Mt. Fuji: Observations on gases, aerosols and precipitation in summer, 1993 and 1994, Water, Air, Soil Poll., 85, 1967-1972 (1995). 6) 安念 清,大西勝典,藤谷亮一,早狩 進,福崎紀夫,佐々木一敏,清水源治,小山 功,久米一成,土器屋由紀子,丸田恵美子,畠山史 郎,村野 健太郎, 日本の山岳地帯における酸性降下物中のイオン濃度と降下量, 日本化学会誌,1995,916-921 (1995). 7) 坪井一寛,細見卓也,土器屋由紀子,堤之智,柳沢健司,田中茂,富士山頂のエアロゾル,ガス,および降水の化学成分−1993年7月 27日〜8月3 日の観測について−,エアロゾル研究, 11, 226-234 (1996). 8) Sekino, H., C. Nara, K. Tsuboi, T. Hosomi, Y. Dokiya, Y. Igarashi, Y. Tsutsumi and S. Tanaka, Chemical species in aerosol, gases, precipitation and fog at the summit of Mt. Fuji -Observations in summer, 1994 compared with summer 1993- ,エアロゾル研究, 12, 311-319 (1997). 9) 直江寛明, 土器屋由紀子, 丸田恵美子,富士山頂の降水の化学成分と気象条件, 環境資源対策, 33, 145-150 (1997). 10) Tsutsumi, Y., Y. Igarashi, Y. Zaizen and Y. Makino, Case studies of tropospheric ozone events observed at the summit of Mount Fuji, J. Geophys. Res., 103, 16935-16951 (1998). 11) Tsutsumi, Y. and H. Matsueda, Relationship of ozone and CO at the summit of Mt. Fuji (35.35?N, 138.73?E, 3776m above sea level) in summer 1997, Atmos. Environ., 34, 553-561 (2000). 12) Hayashi, K., Y. Igarashi, Y. Tsutsumi and Y. Dokiya, Aerosol and precipitation chemistry during the summer at the summit of Mt. Fuji, Japan (3776m a.s.l.), Water, Air, Soil Poll., 130, 1667-1672 (2001). 13) Dokiya, Y., T. Yoshikawa, T. Komada, I. Suzuki, A. Naemura, K. Hayashi, H. Naoe, Y. Sawa, T. Sekiyama and Y. Igarashi, Atmospheric chemistry at the summit of Mt. Fuji: A challenging field for analytical chemists, Anal. Sci., i809-i812 (2001). 14) Murakami, K., H. Yonekura, T. Yoshikawa, Y. Dokiya, K. Hayashi, Y. Sawa, Y. Igarashi and Y. Tsutsumi, Chemical species in aerosol at the summit of Mt. Fuji during July 5-12,1999, J. Field Science, No. 1, 55-62 (2002). 15) Naoe, H., J. Heintzenberg, K. Okada, Y. Zaizen, K. Hayashi, T. Tateishi, Y. Igarashi, Y. Dokiya and K. Kinoshita, Composition and size distribution of submicrometer aerosol particles observed on Mt. Fuji in the volcanic plumes from Miyakejima, Atmos. Environ., 37, 3047-3055 (2003). 16) Igarashi, Y., Y. Sawa, K. Yoshioka, H. Matsueda, K. Fujii, and Y. Dokiya, Monitoring the SO2 concentration at the summit of Mt. Fuji and a comparison with other trace gases during winter, J. Geophys. Res., 109, D17304, doi:10.1029/2003JD004428 (2004). 個別的観測項目のプロポー ザル 次ページ以降では,なぜ富士山頂で観測研究を希望するのか,関係者の理解が深まることをさらに希望して,本研究会の研究者による個別の意欲的な研究提案 を集めた。前節までは富士山頂で可能な大気化学研究全般についてその枠組みを述べてきたが,個別の研究提案では,より具体的に個々の研究者が各人の研究課 題を述べるようにした。しかし,プロポーザルとしてのまとまりとわかりやすさを得るために,できる限り編集を行って統一した形式で記述に努めた。そのた め,観測項目(研究項目),観測意義(研究意義),観測方法(研究方法)と期待される成果の順で記述されている。 それぞれの提案は各研究者個人の責任にもちろん帰属するが,富士山高所科学研究会として全体をとりまとめ,富士山頂での研究を推進していくことを表明して おきたい。なお,各プロポーザルの配列は,アルファベット順とした。 大
阪府立大学大学院工学研究科 環境化学研究室
◆観測対象坂東 博 自由対流圏大気中の窒素酸化物及びその関連物質 ◆観測意義 今や窒素酸化物は地球全体の自然大気環境の質を左右するキー化学種であり,その濃度レベルの把握と発生源強度の把握は重要な意味を持っている。我々は既 に,人為活動の急速な拡大を遂げつつある中国および東アジア地域に注目し,その地域での窒素産物濃度の空間分布測定を行ってきた。とりわけジェット気流に よって大陸からの気塊の吹き出しの前面に位置する東シナ海の離島,沖縄本島北端において昨年より総窒素酸化物(NOy)および大気中NOy種の最終形態で ある硝酸(HNO3)の定点観測を開始し,窒素酸化物およびその関連物質としてのNOy−HNO3モニタリングを継続している。短い観測期間だが,沖縄の ような離島であっても既にNOy濃度レベルはppbvを超えるところまできており,HNO3に至っては都市域の濃度レベルと遜色ない濃度レベルにまで達し ていることを確かめている。特に中国大陸からの気塊を直接受けるような時には,両者の濃度が他の風向からの場合に比べ高くなること,沖縄はそのような頻度 が相当高い観測地点であることも把握している。 これまでの大気化学的知見とこの沖縄での観測事実の集積を基に考えると,中緯度帯の自由対流圏大気の平均化した組成を有すると考えられ,それを代表する と考えられる高度3000m以上の自由対流圏大気塊を定点で連続的に観測を継続することは,極めて重要と考えている。 ◆観測方法 観測方法:NO, NOx, NOy, HNO3およびその関連物質(PAN, 有機硝酸エステル類等)の濃度レベル,総窒素酸化物(NOy)間の分配,およびそれらの値の日内・季節・経年変動について乾式法を用いた自動測定器で精密 観測する。 観測期間:経年変動を把握するには10年〜15年近い観測期間が必要。それ以外の項目を把握するには連続観測開始後2〜3年間におよぶ通年観測。 ◆期待される成果 これら化学種の短時間の変動時間から,自由対流圏における窒素酸化物および関連化合物の大気(光)化学反応系の時定数が得られる。沖縄におけるこれら観測 項目との比較によって,接地境界層⇔自由対流圏間の比較,交換時間,中国大陸から西部北太平洋周辺域への大気汚染物質の負荷量の絶対評 価などに結びつく。 [連絡先]Fax: 072-254-9326 国
立環境研究所 大気圏環境研究領域
◆観測意義畠山史郎 関東地方など大都市圏の周辺では山岳地帯において大規模な森林衰退が見られており,その原因の一つとして大都市域を発生源とする光化学オゾンなどの大気汚 染物質の影響があげられる。またオゾンと,森林樹木が放出する天然炭化水素の反応により過酸化物が生成して,さらに樹木を傷める可能性も指摘されている。 一方,東アジアでは中国などの経済発展によりNOxの放出も増加し,バックグラウンドオゾンの増加が指摘されている。このことはとりもなおさず,バックグ ラウンド大気中の過酸化物もまた増加していることを意味しており,大気中の酸化プロセスの解明が必要である。 そこで,中国を中心とする東アジア地域から輸送される大気中の過酸化物の濃度を測定,この地域から輸送される汚染大気中で起こっているOH,HO2, CH3OO等のパーオキシラジカル同士の相互変換のプロセスに関する情報をつかむ。 ◆観測方法 場所:富士山頂,及び樹林帯付近。両者の比較により,都市大気の影響とバックグラウンド大気の現状を把握することができる。 手法:基本的には霧吹きの原理を応用したミストチャンバーによる捕集と,p-ヒドロキシフェニル酢酸の二量化を利用した蛍光検出器と,低温状態に保持し た全ポリマー製カラムおよび送液チューブで構成された高速液体クロマトグラフによる分析を主体とする。必要に応じて,ストリッピングコイル法による連続測 定も検討する。 期間:毎年,夏季 ◆期待される成果 東アジアから輸送されてくるバックグラウンド大気中の光化学プロセスを解明することが可能となる。またオゾン−オレフィン反応による過酸化物生成の寄与 も調べることができるので,山岳域における森林衰退に対する過酸化物の寄与についても評価できる。 [連絡先] Fax: 029-850-2579 気
象研究所 地球化学研究部
◆ 観測対象五十嵐 康人 二酸化硫黄(SO2)とサルフェート ◆ 観測意義 SO2は,工業活動で大量に大気中に排出されるため,酸性雨の原因物質として注目されている。また,SO2は,大気中で酸化されて硫酸となり,硫酸エアロ ゾルの雲核として働く。硫酸エアロゾルは太陽光を散乱するため,気候変動に影響を及ぼす。SO2は,汚染されていない自然界にも存在し火山から相当量が噴 出しているが,DMS(ジメチルスルフィド)などの還元された硫黄からも生成する。したがって,SO2,硫酸エアロゾルの観測は,気候変動,酸性化の観点 から重要であり,自由対流圏での長期監視とプロセス研究が必要である。集中観測では,鉛直混合と反応などの関係を把握したい。 ◆ 観測方法 観測地点:長期には山頂で観測し,短期集中観測では,同一機器を数セット揃えて,鉛直分布を7合8勺,太郎坊他で測定する。 観測機器:a)SO2は,感度的にBG水準を正確には測定できないが,紫外発光法を用いた高感度のSO2計で測定する。自動で観測できるシステムであるた め長期観測に適している。b)サルフェートエアロゾルは,紫外発光法とコンバータの組み合わせである乾式サルフェートモニターもしくは,パーティクル・イ ントゥー・リキッドサンプラー(PILS)で観測する。SO2と同一時間分解能での自動計測の実施を目指す。 観測期間:20年程度の長期および短期の集中観測 ◆ 期待される成果 自由対流圏中での観測例は少なく,化学輸送モデル検証のための長期データも不足している。長期観測データを提供することにより,化学輸送モデルの改良・改 善に貢献する。さらに,大陸からの長距離輸送,三宅島などの火山からの輸送に注目し,SO2と硫酸エアロゾルの両者を観測することで,輸送過程と酸化過程 との関係を研究し知見を得ることができる。オゾンや過酸化水素など,酸化剤とのデータを比較することで,反応についてのさらなる知見を得ることができる。 [連絡先]Fax: 029-853-8728 気
象研究所 地球化学研究部
◆ 観測対象五十嵐 康人 宇宙線生成核種 7Be(ベリリウム-7) ◆ 観測意義 7Beは,高エネルギー宇宙線と大気主成分元素との核反応によって大気上層部(主として成層圏)で生成する。7Beは,生成後,成層圏エアロゾル(サル フェート)に付着して粒子態で存在するため,7Beは成層圏エアロゾルの良い目印であり,成層圏と対流圏の大気交換過程を研究する上で重要なトレーサーと なる。オゾンとあわせ観測すれば,その起源の判別に有用である。これまでの観測で,低気圧の発達と同期している成層圏空気の対流圏への貫入現象(トロポ ポーズ・フォールディング)があった場合,オゾン濃度,7Be濃度が相関して上昇し,湿度が低下することがわかっている。成層圏/対流圏の大気交換による 微量物質輸送に関する情報を得るため,観測を行う。 ◆ 観測方法 観測地点:長期には山頂で観測し,短期集中観測では,同一機器を数セット揃えて,鉛直分布を7合8勺,太郎坊他で測定する。 観測方法:大容量の浮遊塵捕集装置(流量1000L/min程度)により石英ろ紙上にエアロゾルを捕集して,実験室に持ち帰り放射線測定器により分析を行 う。検出に必要な捕集量は少なくとも数十立方米であるので,少なくとも1から数時間のサンプリングが必要である。通常1日ごとのサンプリングを人の手で行 う。将来的には,自動化した装置を設置したいと考える。 ◆ 期待される成果 成層圏/対流圏の大気交換過程は,輸送モデルの発達によって計算が行われるようになってきたが,成層圏オゾンの対流圏への流入量については引き続き議論が あり,値が確定していない。富士山頂での観測は,こうした議論に関して有効な実証データを提供できるものと考えている。また,オゾンのみならず,成層圏か らもたらされる微量物質の輸送に関しても重要な情報を提供できると考える。 [連絡先]Fax: 029-853-8728 気
象研究所 地球化学研究部 五十嵐 康人
気象研究所 環境・応用気象研究部 高橋 宙 国立環境研究所 地球環境研究センター 向井 人史 ◆ 観測対象 オゾン(O3) ◆ 観測意義 大気中のSO2の増加に歯止めはかかりつつあるが,中国の自動車台数増加に伴って,今後もアジア大陸においてNOx,CO,NMHCの排出量が増加するこ とが懸念される。NOxの増加は広域の「光化学スモッグ」につながり,対流圏オゾン生成量の増加につながることから,アジア大陸からの大気の流れの下流に 位置する日本の自由対流圏において,その長期監視は必須である。また,大気酸化能の監視に関して,成層圏起源のいわゆる「自然のオゾン」と対流圏起源のい わゆる「人為的なオゾン」をわけて評価するためにも,自由対流圏における他の化学種と併せた長期オゾンモニタリングが必須である。高精度機器を整備して 10〜20年以上の長期変動に関する研究と,トロポポーズ・フォールディングによる上層からの輸送事象,低気圧擾乱による大気境界層からの輸送事象などの プロセス研究の2本柱で臨む。 ◆ 観測方法 観測地点:長期には山頂で観測し,同一機器を数セット揃えて,鉛直分布を7合8勺,太郎坊他でも測定する。 観測機器:UV吸収法の機器を使用する。トレーサビリティーのより明確な確保を行い,完全自動計測の実施を目指す。 観測期間:20年程度以上の長期観測と他の化学種との集中観測 ◆ 期待される成果 自由対流圏中での観測は貴重であり,長期観測データを提供することにより,化学輸送モデルを検証し,その改良・改善に貢献する。得られるデータをハワイ・ マウナロア,中国・ワリガンなど,他の高所山岳の観測所で得られたデータと比較し,数値モデルによって外挿することで広域分布を描くことができる。気候変 動に係わるオゾンの濃度変動,発生源変動などについての新規知見を得ることができる。過酸化水素など,他の酸化性物質とのデータ比較により,大気の酸化能 に関連する化学反応などについてもさらなる知見を得ることができる。 [連絡先]Fax: 029-853-8728 東
京都立大学大学院応用化学専攻
◆ 観測対象梶井 克純・松本 淳 NO/NO2/NO3 および HOx ◆ 観測意義 地表から発生した NOx が自由対流圏を輸送中に受ける化学変換過程を直接検出したい。NO はオゾンや RO2 により NO2 に変換され,NO2 もオゾンにより夜間は NO3 に酸化される。NO が存在すればすぐに NO3 は NO2 に再変換するので,NO の発生源近傍では NO3 濃度は大きくならない。しかし,富士山頂の高度では NO 発生源の影響が小さいので,夜間には比較的高濃度の NO3 が存在すると期待される。NO3 はそれ自身反応性が高いため,炭化水素や DMS, アルデヒドなどを酸化すると考えられる。また,NO3 は NO2 と反応することにより N2O5 が生成し,さらにエアロゾル表面上で硝酸となるので,大気の酸性化の観点からも,また窒素酸化物の寿命という観点からも重要となると考えられる。そこで, 富士山頂において NO/NO2/NO3 の観測を行い,自由対流圏での窒素酸化物の化学変換過程についての研究を是非とも進めたい。 ◆ 観測方法 富士山頂における典型的な NO/NO2/NO3 の状況を把握するために,まず超高感度な化学発光法 NOx アナライザー(pptv レベルの検出下限が必要)を用いた予備観測を行なう。ここで,夜間に NO 濃度は十分低いか,NO2 が十分な濃度存在するかを確認し,モデル計算によって NO3 濃度を推定する。ここで NO3 が有意な濃度存在する可能性があると判断された場合には,第二段階として是非とも都立大学で開発した LIF 法 NO3 アナライザー(レーザーを中心としたシステム)を山頂に運び,本観測を実施したい。また,将来的には窒素酸化物だけにとどまらず,OH, HO2, RO2 といった HOx ラジカルの観測も行い,光化学理論の検証を行いたい。 ◆ 期待される成果 富士山頂での観測によって,これまで不明確であった自由対流圏における窒素酸化物および水酸化ラジカルの動態解明を行なう。特に,夜間自由対流圏での NO3/N2O5 観測から酸性雨発生や NOx 消失を観測から検証した例はなく,大気化学における重要な知見を得られるものと期待される。 [連絡先] Fax: 0426-77-2837 産
業技術総合研究所 環境管理技術研究部門
◆ 観測対象兼保 直樹 エアロゾル(硫酸塩,粒子状有機物,および黒色炭素粒子)成分濃度,エアロゾル全体としての光学的特性(光散乱係数,光吸収係数)および微物理特性(粒径 分布),雲核(CCN)濃度,雲粒粒径分布 ◆ 観測意義 エアロゾルが気候変動にどの程度影響するかという問題において,光学的にアクティブなエアロゾルの自由対流圏での存在量に関する情報は乏しく,放射伝達計 算を行う上での問題点の一つである。また,エアロゾルの長距離輸送による広域拡散に関する知見は,大気境界層内での観測例が中心であり,高々度を経由する 輸送過程に関する観測データは限られている。従って,自由対流圏内におけるエアロゾルによるその場(in situ)の光学的特性の把握,および長距離輸送によってもたらされる遠隔域での光学的特性変化算定の両面において,山頂観測点におけるエアロゾルの成分 濃度および光学的特性・微物理特性の観測が重要となる。さらに,雲を介する気候への間接効果に関しても,実際に雲の存在する高度での雲核濃度と雲粒粒径分 布の関係の観測は航空機観測等の僅かな例に限られること,およびアジア大陸起源の雲核物質が今後増加することが予想されることから,固定点での長期連続観 測により,間接効果の検証および,モデル化で求められる極めて重要なデータを取得することができる。 ◆ 観測方法 地点:山頂 機器:黒色炭素濃度自動連続測定器,硫酸塩濃度自動測定器,積分型ネフェロメータ,光学式パーティクルカウンタ,雲核(CCN)カウンタ,前方散乱型粒子 径プローブ(FSSP)等による連続観測。 期間:長期(できれば10年単位でのトレンド,変動を捉える) ◆ 期待される成果 気候変動問題に関する数値モデルの予測精度の向上,詳細雲微物理モデルに対するパラメータ提供,リモートセンシングによる地表・海面観測に必要となる大 気補正パラメータの高精度化,などが期待できる。 [連絡先] Fax: 029-861-8358 東
京農工大学大学院共生科学技術研究部 環境資源共生科学部門 片山 葉
子
◆ 観測対象 江戸川大学 社会学部 環境デザイン学科 土器屋由紀子 硫化カルボニル(COS) ◆ 観測意義 成層圏の硫酸エアロゾルは大気の熱収支に影響を与え,気候変動に関わる大気成分であり,その消長を把握することは重要である。大気中の微量成分のひとつ であるCOSは,この硫酸エアロゾルの主要な原因物質であり,しかも近年,人間活動によって大気への放出量が増加しつつあることから,その動態が注目され ている気体状イオウ化合物である。これまでCOS濃度の観測は飛行機による空気の採取が多く,そのため対流圏の比較的上層に関するデータが中心であった。 一方,地表と大気の間のCOSの消長の過程では,地表の自然生態系も発生源ならびに消失源として重要な位置を占めていることが明らかとなり,COSの大気 濃度を定点観測することの重要性が増している。 ◆ 研究方法 場所:山頂をふくめた富士山山体の複数箇所,例えば,7合8勺避難小屋,富士宮口5合目,太郎坊避難所など。 期間:季節変動をみるために,滞在が可能な複数の季節について実施する。さらに,経時変化をみるために,4時間ごとに24時間以上の連続観測を行う。 実験・観測方法:地表付近,あるいは高度別に空気を採取するが,必要に応じて複数地点における同時採取を実施する。試料はすみやかに研究室に持ち帰り, 液化酸素によって濃縮後,FPD-ガスクロマトグラフィーによってCOS濃度を定量する。同時に得る大気の物理化学的情報と合わせて解析する。 ◆ 期待される成果 2002年以降3回にわたって実施した集中観測の結果,富士山山頂にくらべ裾野付近の樹林帯に位置する太郎坊避難所(1,300m)では,大気のCOS 濃度は明らかに低い傾向を示した。対流圏下層のCOS濃度に関する定点観測は実施例が少なく,COSのフラックスについては未解明の部分が多く残されてい る。COS濃度の変動,ならびにその要因について,詳細な解析を行うことにより,大気環境におけるCOSの動態が解明され,それによって気候変動予測の不 確定性を減らすことが期待される。 [連絡先] Fax: 042-367-5732 / Fax: 04-7154-2490 金
沢大学自然計測応用研究センター 低レベル放射能実験施設
小村 和久 ◆ 観測対象 宇宙線誘導核種 Be-7, Na-22, Na-24, Mg-28;核爆発実験由来の人工放射性核種 Cs-137;自然放射性核種 Pb-210, Po-210, Rn-222 ◆ 観測意義[または研究意義] 海抜30m地点(石川県辰口町)で採取した雨水の迅速処理により,半減期1日以下の5種の宇宙線誘導核種の検出に成功した。このうち比較的半減期の長い Na-24及びMg-28は,富士山頂で採取する大気浮遊塵でも検出が可能と期待される。これら短半減期核種は,従来利用されているBe-7やPb- 210と同様に大気・水文学,宇宙・地球化学,環境放射能研究に時間分解能の極めて高いトレーサーとして利用できる可能性がある。他機関での精密測定の困 難な人工放射性核種Cs-137の測定も同時に可能であり,これらの結果を総合して,宇宙線強度の変動,大気上層・下層からの輸送や混合,地表からの舞い 上がりの寄与の評価などを試みる。 ◆ 観測方法[または研究方法] 地点:海抜高度の高い地点で観測して初めて可能性のある研究を含んでおり,実施可能な最高地点である富士山頂での観測を行う。海抜30mの辰口,640m の獅子吼高原,輪島沖50kmの舳倉島でも同時に観測する。 期間:滞在可能な時期に限定し,延べ一週間程度滞在予定。 方法:ハイボリュームサンプラーを用いて,大気浮遊塵の採取を2〜3時間間隔でおこなう。一方,ひと雨ごとに降水を30~50L採取し,迅速化学分離を行 い,下山(御殿場口への下山者依頼),新幹線,特急列車を使って運搬し,12時間以内に尾小屋地下測定室でγ線測定を行う。半減期 15時間のNa-24, 21時間のMg-28の検出に重点を置く。 ◆ 期待される成果 大気中のNa-24, Mg-28の検出可能性をさぐることで短寿命宇宙線誘導核種をトレーサーとする新しい研究領域の開拓を目指す。また,富士山頂,辰口,獅子吼高原,舳倉島 で大気浮遊塵のBe-7, Pb-210, Po-210の変動を数時間間隔で同時観測することで,空気塊の水平・鉛直方向の輸送・混合等に関する情報を得ることができる。 [連絡先]Fax: 0761−51−5528 石
川県農業短期大学 皆巳 幸也
◆ 研究対象東京都立科学技術大学 大河内 博 液相反応を含む大気微量成分の変質・沈着過程 ◆ 研究意義 自由対流圏における雲粒子は,更に成長して降水粒子となる場合よりも,むしろ水が蒸発してエアロゾルに戻る場合の方が多い。つまり,最終的には降水や霧水 に取り込まれて(もしくは気体状・粒子状のままで)大気から除去される微量成分は,それまでの間にも繰返し液相過程を経験する。そして,その過程は,これ ら成分の変質を促進する契機となっている。例えば,硫酸エアロゾル(SO42-)が二酸化硫黄(SO2)の酸化で生成する過程は,気相反応に比べ液相反応 の方が速やかに進行することが知られている。もちろん,降水や霧水による沈着も含め,降水粒子や雲粒子といった液相過程を経ることは大気微量成分にとって 重要なターニングポイントとなる。ところで,富士山は笠雲の出現頻度が高いことが知られている。笠雲は,その風上で斜面を上昇する気塊が断熱冷却により過 飽和に達した高度で出現し,風下では逆に昇温のため雲粒が蒸発した高度で消滅する動的なシステムである。従って,富士山は上記の液相過程が頻繁に起きてい る場であり,また孤立峰であるので風上や風下にあたる地点が把握しやすい。また富士山は,水平方向には狭いが非常に大きな高度差を持たせた観測ができる場 でもある。 ◆ 研究方法 雲底付近と山頂付近で雲水(霧水)および降水を採取する。また,それより標高の低い地点(できれば複数)でも降水を採取する。更に,雲底直下ではエアロゾ ルも捕集する。いずれも,少なくとも降水/雲発生のイベントごとに,また可能ならば更に時間分解能を上げて,試料を採取する。分析の対象として,雲水や降 水に含まれる主要無機イオン成分は全て測定し,その前駆体となる成分をエアロゾルで測定する。また必要に応じて,H2O2など酸化剤の測定も行う。 ◆期待できる成果 富士山の立地条件を生かして複数の地点で降水を採取することにより,いわゆるseeder-feeder効果(低層雲【feeder】が高層雲 【seeder】からの降雨によって洗浄される)で大気微量成分の除去が促進される過程や,標高が高くなるにつれて湿性沈着量が多くなる現象について,標 高1000メートル内外の山岳でこれまでに行われてきた観測をはるかに超える知見を得ることが期待できる。 [連絡先]Fax: 076-248-8402 / FAX: 042-585-8626 東
京理科大学理学部
◆ 観測対象三浦和彦 エアロゾル(粒径分布) ◆ 観測意義 大気エアロゾルの気候への影響を評価するためには,バックグラウンドレベルの測定が必要である。これまで船舶による外洋での観測により,大気境界層内の バックグラウンド濃度レベルは約300個/cm3であることが示された。しかし,バックグラウンドレベルをモニタリングするためには,定点での長期観測が 必要である。富士山頂は年間を通して自由対流圏内に位置することが多いので,自由対流圏エアロゾルの時系列変化を測定することができる。エアロゾルにはダ スト粒子などのように元々固体であるもの,気体から液体へと相変化したものなど種々存在しており,特に後者については,粒子生成,成長プロセスに興味がも たれる。硫酸エアロゾルや有機エアロゾルが該当する,数ナノメートルの粒径のごく微小なエアロゾルから数ミクロンの粒径のエアロゾルまでその分布を測定す ることで,汚染大気や海洋大気とは異なる条件にある自由大気でのこれらのエアロゾルの物理プロセスを詳しく調べる。 ◆ 観測方法 観測地点:山頂,7合8勺,太郎坊,山麓(移動観測) 観測機器: 1. 可搬型測定器を用いた鉛直移動観測 可搬型の光散乱式粒子計数器(Optical Particle Counter; OPC)(RION KR12)と凝結核計数器(Condensation Particle Counter; CPC)(TSI 3007)により粒径分布を測定する。 2. 山頂および山麓での定点連続観測 SMPS走査型易動度粒度計(Scanning Mobility Particle Sizer)(TSI 3936N25), OPC(RION KC18, KC01D)を用い,乾燥状態での粒径分布の連続測定をする。 観測期間:まずは,夏季に山麓における鉛直移動観測,山頂及び山麓での同時観測を行う。将来的には山頂での連続観測を目標とする。 ◆ 期待される成果 数ナノから数ミクロンの粒径分布を同時に測定することにより,自由対流圏での粒子生成,粒子成長などの物理プロセスに関する知見を得ることができる。ま た鉛直プロファイルと輸送プロセスを調べることにより,バックグラウンドレベルへのアジア域での人為起源エアロゾルの気候変動影響を評価することができ る。 [連絡先] Fax: 03-5261-1023 国
立環境研究所 地球環境研究センター
向井 人史 ◆ 観測対象 二酸化炭素,その他温室効果気体 ◆ 観測意義 北半球中緯度は最も人口が集中し,二酸化炭素や他の温室効果気体の排出が多い緯度帯である。従って,この緯度帯での温室効果気体の変動をモニタリングする ことは非常に重要である。しかしこの緯度帯では局地的な発生源の影響を受けやすいため,バックグラウンド的濃度を長期的に観測することは簡単ではない。た だし,富士山のような自由対流圏での観測においては妨害が少ないデータが期待できる。また得られるデータをハワイマウナロア,中国ワリガンなど,他の高所 山岳に位置する観測所で得られたデータと比較することによって,広域な二酸化炭素など温室効果ガスの分布を描くことができる。 ◆ 観測方法 地点:山頂がのぞましい。 観測機器:a)精密二酸化炭素測定システムを開発する:6ヶ月以上メンテナンスフリー,携帯などのネットワークによってデータ回収操作可能。最小の標準ガ スと参照ガス。b)ガラスフラスコによる大気の自動サンプリング。定期的に持ち帰り分析するが,半年ぐらいの間隔をおけるようにする。 観測期間:基本的に長期。 ◆ 期待される成果 一般的には,二酸化炭素など温室効果気体の長期モニタリングは,今後の地球の気候変動への影響がどのように現れるかと密接にかかわっている。しかし一箇 所でのデータが決定的な意味を持つというものではなく,各地で観測されるグローバルなデータのネットワーク化が必要となっている。富士山の観測データが定 期的に得られれば,その観測データを世界の中緯度の観測データと比較することができ,中緯度の二酸化炭素の分布が明らかになる。高さ方向の情報をともなっ たデータは,モデル研究者にとっても貴重である。 [連絡先]Fax: 029-858-2645 永
尾一平(名古屋大学大学院環境学研究科)
◆ 観測対象 エアロゾル中のDMSの酸化生成物(H2SO4,MSA,DMSO,DMSO2) ◆ 観測意義 海洋の植物プランクトンが生成する硫化ジメチル(DMS)は大気中の酸化により硫酸を生成しエアロゾルを形成する。硫酸エアロゾルは雲の凝結核として雲の 形成を通して放射収支に影響する。このようにDMSは硫酸エアロゾルを生成することにより大気中の物理化学過程に重要である。 DMSは海洋が放出源であるが,DMSから新たな硫酸エアロゾルが生成されるのは海塩粒子などの既存粒子の少ない自由対流圏であることが最近の研究で明ら かになってきた。また,これまでのDMSの酸化経路の研究によると,硫酸を生成するほかにMSAやDMSO,DMSO2などが生成されることも知られてい る。硫酸以外の生成物による新たなエアロゾル粒子の生成は確認されていないため,DMSから新たなエアロゾルが生成される過程は,他の酸化生成物の生成過 程と競合する。 したがって,既存粒子の少ない自由対流圏において,1)DMSの酸化過程によりこれらの生成物の存在比,2)DMSの酸化によるエアロゾルの生成効率,の 2点についての知見を得る必要がある。 ◆ 観測方法 海洋(太平洋)からの気塊が輸送される主に夏季に,富士山山頂付近と下層(5合目あたり,1000m付近など)でエアロゾルの連続的な採取を行い, MSA,H2SO4,DMSO(DMSO2)の化学分析を行う。また,下層から上空に輸送されやすい条件(対流活動などの大気擾乱の発生時)でのサンプリ ングも行う。 ◆ 期待される成果 これまでの研究で,DMSの酸化反応におけるH2SO4生成経路とDMSO生成経路への分岐は温度依存性や,OHやNO3などのDMSを酸化する物質に依 存すると考えられている。低緯度海洋大気では気温が高いため,DMSの酸化はSO2の生成経路を経て硫酸を生成する割合が高いと報告されているが,DMS が上空に運ばれて酸化される場合は比較的低温であるため,DMSOなどの生成も増加し,硫酸エアロゾル生成を抑制する可能性がある。 [連絡先] Fax: 052-789-3436 慶
應義塾大学理工学部応用化学科
◆ 観測項目奥田 知明 エアロゾル中多環芳香族炭化水素類及び微量元素 ◆ 観測意義 東アジア地域においては現在急激な工業化・都市化が進み,膨大な量のエアロゾルが放出されているが,その一部は自由対流圏を経由して日本周辺へと運ばれ る。エアロゾル中に含まれる有機化合物の中には,多環芳香族炭化水素類等の毒性や発ガン性を示すものが存在する。同様にエアロゾル中に含まれる重金属類 も,生体に悪影響を及ぼすことが指摘されている。一般的に,これらの有害化学物質はこれまで別々に大気中濃度のモニタリングや環境影響評価が行われてき た。しかしながら,実際のエアロゾル中には多種の化学物質が含まれているにもかかわらず,これらの有機/無機有害化学物質を実環境中で同時に測定した報告 は少なく,特に自由対流圏内での長期的な観測はほとんど行われていない。 ◆ 観測方法 山頂へ登頂可能な期間において,当研究室にて開発したエアロゾル自動連続サンプラーを設置する。本サンプラーは32個のフィルターホルダーを装着でき, 設定時間毎に電磁弁を切り替えることによって,約2〜4ヶ月(任意に設定可能)の自動連続運転が可能である。サンプリング終了後,フィルターを研究室に持 ち帰り,多環芳香族炭化水素類及び微量元素の分析を行う。 ◆ 期待される成果 長期連続観測を行うことによって,世界的にも貴重な自由対流圏内でのエアロゾル中の有機/無機有害化学物質の挙動を把握することができる。当研究室では エアロゾル発生源地域として中国北京市においても同様の観測を行っており,偏西風の風下に位置する日本の自由対流圏における観測との比較を行うことによっ て,アジア大陸から日本,さらには北太平洋への有機/無機有害化学物質の長距離輸送過程の解明を行うことができる。また,これら有害物質の輸送量評価につ なげることができる。 [連絡先] FAX: 045-566-1578 気
象研究所環境・応用気象研究部
高橋 宙 ◆ 観測対象 鉛直的に見たサイズ別エアロゾル濃度変動 ◆ 観測意義 富士山頂を日本上空域のバックグラウンド観測プラットフォームと考えると,評価すべきシグナルは,アジア大陸など遠方からの長距離輸送・拡散による各種 化学成分の濃度変動である。このとき,近傍の大気境界層(地表)起源成分による濃度変動は,取り除くべきノイズに相当する。これまでの研究から,富士山頂 は大気微量成分の長距離輸送を明確に観測でき,大半の時間において自由対流圏に位置する地点として評価されている。しかし,観測値に対する長距離輸送成分 の寄与と近傍成分の寄与について切り分けた議論が重要であるにもかかわらず,検討は不充分である。そこで,粒径別(サイズ別)にエアロゾルが鉛直方向に選 択的に輸送されることを利用して,鉛直的な濃度変動(特に日周期変動)の観測を粒径別に同時に行い,気象場とあわせた解析を行う。富士山の山体を大気化学 観測に利用する上での観測環境の評価,及びエアロゾル以外の化学種を含めた観測値全体の定量的な品質評価,ノイズの分離と除去について研究を行う。 ◆ 観測方法 地点:富士山頂・7合8勺避難小屋・富士宮5合・太郎坊の4高度 観測機器:パーティクルカウンタ(粒径別微粒子濃度計数器)複数台 期間:数ヵ年 観測形態:季節,擾乱,大気の成層状態をいくつかのタイプに分けた集中観測 ◆ 期待される成果 自由対流圏での長距離輸送空気(シグナル)と下界からの近傍汚染空気(ノイズ)との,@通常の分離状態A擾乱に伴う輸送及び混合過程B非擾乱時の日周期 変動の3点について詳細に把握できる。同時にその情報から,同時に平行して観測される各種エアロゾル(鉱物・海塩・硫酸・炭素性エアロゾル)・気体の濃度 観測値にどの程度の上記ノイズが含まれているか推定することで,定量的な品質管理・品質向上も可能となり,「世界に出しても恥ずかしくないバックグラウン ド大気化学観測データ」とできる。また,数値モデルにおいて,境界層から自由対流圏への鉛直輸送スキーム改善にも大きく寄与し,より正確な将来予測につな がる。 [連絡先]Fax: 029-853-8728 島
根県保健環境科学研究所
◆ 観測対象 吉岡勝廣 ラドンの鉛直濃度分布 ◆ 観測意義 ラドンは不活性な放射性気体でラジウム−226の子孫核種であり,地殻から大気中へ常時湧出している。地殻中のラジウム濃度の地理分布によって大気中ラ ドンにも濃度の地理分布ができる。土壌と海洋とのラドン湧出率の違いによって,大陸上と海洋上では大気中ラドンにも大きな濃度差ができる。大気中の鉛直濃 度分布も熱対流による空気塊の鉛直混合によって日周期変動している。大気境界層内,その中でも接地境界層内での時間変動データは数多く報告されている。し かし,それより上層(エクマン層および自由対流圏内)での時間変動データの報告は日本ではほとんど見られない。接地境界層内から自由対流圏内までの大気中 ラドンの鉛直濃度分布を長期間モニタリングし,鉛直混合過程を評価できれば,重要な発生源情報を提示できる。遠方海洋上のラドン濃度は,拡散混合過程の空 間規模と空気塊の混合割合に依存しているため,陸上大気中の鉛直濃度分布の時間変動の実測データは重要である。 ◆ 観測方法 地点:ふもとから富士山頂までの複数地点 手法:屋外の新鮮な空気中から5酸化2燐によって水分を除去して毎分1リットルの流量で連続吸引し,自然大気中のラドン子孫核種を除去するためメンブレ ンフィルターを通過した空気のみをチャンバー内に導入する。チャンバー内でラドンガスから壊変した子孫核種からのアルファ線は高電界を印加した検出器に捕 集され,計数器で測定されたカウント数から濃度の測定値を1時間ごとに自動で求める。 期間:長期(数年以上) ◆ 期待される成果 観測地点の高度差を利用し,ラドンの拡散混合の時間変動を連続モニタリングすることによって,ラドンが大気中へ湧出してからの拡散過程を追跡できる。北 太平洋領域へ長距離輸送された陸上気塊の放出地でのラドン鉛直濃度分布の時間変動データは長距離混合過程の検証に重要な実測データになる。 [連絡先]FAX: 0852-21-2770 補 遺 以下は,詳述してきた山頂の現場大気のサンプリングによる大気化学観測と異なり,山頂に設置されたサブミリ波望遠鏡を用いた,大気上層部のリモートセンシ ング観測に関する研究提案である。大気上層部の観測・監視も重要な科学研究課題であり,また本提案は1件の独立した提案なので補遺として集録した。 富士山頂サブミリ波望遠鏡による上部成層圏中間圏CO, NO, HO2の観測
笠井康子1・瀬田益道1・岡朋治2・山
本智
2
◆ 観測項目(情報通信研究機構1・東京大学大学院2) CO, NO, HO2などの上部成層圏・中間圏の微量分子 ◆ 観測意義 近年,地球の温暖化問題が大きく取り上げられるにつれ,より正確に,より精密に,地球の放射収支を理解しようとする動きが増している。上部成層圏・中間 圏に存在する分子の放射への寄与を正確に知ろうという動きもその一つである。太陽光は地球大気上端にたどり着き,その後,熱圏・中間圏・成層圏・対流圏を 通過して地表面に到達する。その過程で原子分子により短波長側は吸収され,可視光のみが残る。上部成層圏・中間圏は太陽光が最初に多種類の分子に出会う場 所であり,その分子存在量は太陽入射光のフラックス(光量)に対して影響を与え,ひいては地球の放射収支に影響する。しかし,この領域に存在する分子は, その存在量が低いなどの理由から観測が難しく,これまで研究はあまり進んで来なかった。 我々は,2000年に富士山頂サブミリ波望遠鏡を用いて上部成層圏・中間圏のCOを観測し,その日変動を捉える事に成功した。中間圏のCOは主にこれまで 単発的にISAMSやNimbus5, Odin/SMRなどの衛星観測により研究が進められて来た[Allen et al. 1999; Waters et al. 1975; Dupuy, 2004など]。しかし,これまで日変化や季節変動を捉えた例は世界的にもない。 ◆ 観測方法 サブミリ波望遠鏡を用いて得られる放射スペクトルから上部成層圏・中間圏におけるCO存在量を得る。周波数帯は345.8GHz帯(CO J=3-2遷 移),周波数分解能は1.5MHzである。強度較正には周波数スイッチ法を用いた。 ◆ 期待される成果 従来の観測手法と比べ,富士山頂サブミリ波望遠鏡による観測は以下の4つの利点があり,上部成層圏・中間圏の微量成分の観測に適している。これにより,こ れまでに観測が困難であったCO, NO, HO2などの上部成層圏・中間圏の微量分子を継続的に観測できる。 1)感度 サブミリ波観測はミリ波観測より感度が良い。観測に用いた遷移はサブミリ波帯345GHz (J=3-2) である。この遷移強度を230.5GHz (J=2-1) や115.3GHz (J=1-0)のミリ波遷移と比較すると,それぞれ7倍,25倍大きな値となる。これまでミリ波帯ではSNが低いために観測が難しかった夜間のCOを捉え る事が出来たのは,感度の良さによるものである。 2)夜間の観測 サブミリ波放射観測は昼間に加えて夜間の観測も可能である。太陽光を利用した赤外吸収観測は感度が良いが,観測は太陽に依存する。従って 夜間の観測は不可能である。放射観測は,上部成層圏や中間圏における分子のように,光化学反応によって昼間と夜間で存在量が大きく変動する物質の変動を把 握するのに適している。 3)観測高度 地上からの観測ジオメトリにおいて,ミリ波やサブミリ波では中間圏や上部成層圏までの各大気高度における存在量を導出する事が可能である。 赤外スペクトル観測の場合,その上限は下部-中部成層圏までである(3000cm-1で24km程度,800cm-1で32km程度)。 4)年々変動 観測時間帯を固定して安定した継続観測が可能である。COは太陽光によりCO2が光解離(λ120〜170nm)す る事で生成する。現在, 対流圏で増大しているCO2は輸送されて成層圏や中間圏においても増大しているという指摘がある。これらの長期的変動(5-10年)を観測するのは一般に は衛星では難しいが,地上観測では可能である。 このように,富士山頂サブミリ波望遠鏡を用いた上部成層圏・中間圏における分子の観測は,COのみではなく,NO,HO2分子などへの応用も期待出来ると 考えられ,サブミリ波望遠鏡を大気化学分野でも活用することを提案する。 [連絡先]Fax : 0423-27-6110 (参考文献) S. Solomon, Photochemistry and Transport of Carbon Monoxide in the Middle Atmosphere, J. Atmos. Sci. Vol.42 1985. D. R. Allen, Observations of Middle Atmosphere CO from the UARS ISAMS during the Early Northern Winter 1991/92, J. Atmos. Sci. Vol.56, 1999. J. W. Waters, W. J. Wilson, and F. I. Shimabukuro, "Microwave measurement of mesospheric carbon monoxide," Science, Vol. 191, p. 1171, 1976. J. W. Waters, K. F. Kunzi, R. L. Pettyjohn, R. K. L. Poon, and D. H. Staelin, "Remote sensing of atmospheric temperature profiles with the Nimbus 5 Microwave Spectrometer," J. Atmos. Sci., Vol. 32, p. 1953, 1975. Dupuy, E., Urban, J., Ricaud, P., Le Flochmoen, E., Lautie, N., Murtagh, D., De La Noe, J., El Amraoui, L., Eriksson, P., Forkman, P., Strato-mesospheric measurements of carbon monoxide with the Odin Sub-Millimetre Radiometer: Retrieval and first results, Geophysical Research Letters, Vol. 31, Issue 20, CiteID L20101, 2004. 参 考写真 冬の富士山測候所外観(1号庁舎) 2004年夏まで富士山頂の測候所に設置されていた観測機器の一部(全て撤去済み) 富士山頂の東京大学サブミリ波望遠鏡 富士山測候所を遠景に見る 富士山頂における大気化学観測研究プロポーザル 発行:2005年3月 編集・発行者:富士山高所科学研究会 浅野 勝己(筑波大学OB;高所医学),五十嵐康人(気象研究所;地球化学)井出 里香(永寿総合病院;高所医学),岩坂 泰信(金沢大学大学院;大気化 学),植弘 崇嗣(国立環境研究所;大気化学),大河内 博(東京都立科学技術大学大学院;環境化学),奥田 知明(慶應義塾大学;環境化学),笠井 康 子(情報通信研究機構;大気化学),梶井 克純(東京都立大学大学院;大気物理学),片山 葉子(東京農工大学大学院;環境微生物学),加藤 俊吾(東京 都立大学大学院;大気化学),兼保 直樹(産業技術総合研究所;大気物理学),小林 拓(山梨大学大学院;大気物理学),小村 和久(金沢大学;放射化 学),篠田 佳宏(気象研究所;地球化学),鈴木 啓助(信州大学;雪氷学),高橋 宙(気象研究所;環境気象学),竹中 規訓(大阪府立大学大学院;環 境化学),土器屋由紀子(江戸川大学;環境化学),永尾一平(名古屋大学大学院; 大気化学),永淵 修(千葉科学大学;環境化学),畠山 史郎(国立環境研究所;大気化学),坂東 博(大阪府立大学大学院;大気化学),堀井 昌子(神 奈川県;高所医学),増沢 武弘(静岡大学;物生態学),増山 茂(了徳寺学園;高所医学),松本 淳(東京都立大学大学院;大気化学),丸田恵美子(東 邦大学;物生態学),三浦 和彦(東京理科大学;大気物理学),水野 康 (国立精神・神経センタ−;高所医学 ),皆巳 幸也(石川県農業短期大学;環境化学),向井 人史(国立環境研究所;大気化学),森島 済(江戸川大学;自然地理学),山本 智(東京大学大 学院;電波天文学),山本 正嘉(鹿屋体育大学;運動生理学),吉岡 勝廣(島根県;環境放射能),渡辺 幸一(富山県立大学;大気物理化学)2005年 3月現在 50音順。 連絡先:事務局 / Contact Person 江戸川大学土器屋研究室内 (E-mail : dokiya at edogawa-u.ac.jp, at=@ ) 本提案書の著作権は富士山高所科学研究会にあります。 この プロポーザルページを作成しました。(2005.3) |