富 士山高所科学研究会



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発展利用に関するアピール (2003年12月)

富 士山測候所の跡地利用に関するアピールにご賛同ください!

富士山は私たち日本人にとって特別な山です。四季折々に変化するその優美な姿は人々を魅了しており、国の象徴として諸外国でも有名です。古来より霊山とし て、信仰登山の対象として崇敬を集め、さまざまな文学・美術作品のモチーフとされてきました。近代になり、この山は自然観測の場と しても大きな意味をもつに至ります。野中至、千代子夫妻(1895年10〜12月)の壮絶な観測にはじまる偉大な先達によって開始された気象観測は、その 後気象庁によって1932年より通年観測として営々と引き継がれてきました。1964年には富士山レーダーが設置され、台風をはじめとした気象観測の砦と して、日本の技術者や科学者が誇るべきシンボルとなりました。


しか し、この70年来有人観測を続けてきた山頂剣ヶ峰の富士山測候所では、1999年にレーダー観測が停止され、2001年にはレー ダードームも撤去されました。気象衛星の発達、レーダー網の整備、上空の風向風速を電波で推定するウインドプロファイラなどの整備によって、富士山での気 象観測の必要性は低下したとの判断です。さらに、今年になって気象庁は無人化への方針を打ち出しました。無人化はすなわち施設の荒廃と、これまでに伝承維 持されてきた山頂での観測技術、登山技術を含むノウハウの消失を意味します。


しか し気象観測の必要性が低下したとしても、富士山頂に観測施設を設けておくこと自体の価値がなくなったのではありません。例えば、 近年、人類活動の活発化に伴ってその影響は地球環境の隅々に及んでいます。特に産業発展の著しいアジア大陸の風下域にあたる日本は、その影響をまともに受 けざるを得ません。さらにアジアでの汚染ははるか太平洋を越え、世界に広がることが懸念されております。この長距離の輸送は、地表付近の大気の上に位置す るいわゆる「自由対流圏」で起こります。富士山頂は典型的なコニーデ型火山であることから、この自由対流圏に先端が突き出した形態となっており、大気化学 の観測の拠点として最適な地点です。飛行機観測ではなく大地に足を着けて観測が行える利点ははかりしれません。


この 利点を活用して、発起人にも名前を連ねていますが、大気化学研究者は、90年代より富士山頂において夏季の大気化学観測に取り組 んでまいりました。オゾン・一酸化炭素・二酸化炭素・二酸化硫黄、放射性核種であるラドン・ベリリウム、森林火災を捉える黒色炭素粒子の濃度や、エアロゾ ル(大気を浮遊する微粒子)の化学成分などの観測を通じ、地球規模での物質循環の仕組みを明らかにするための興味深いデータが出始めております。観測は始 まったばかりであり、より効果的・効率的に観測を継続することで、データの価値が一段と高まるとともに、自然の仕組みの詳細な解明に寄与できます。


気温 や気圧の観測といった気象観測では、日々のメンテナンスを必要としない自動観測でも役割を果た せる面があるかもしれません。しか し大気化学観測では、そういった技術水準が達成されておらず、サンプルの採取や保存、標準ガスの分析器への供給や高度な化学分析を実施するにあたって、自 動化ではなく観測員による手作業の操作がどうしても必要です。従って富士山測候所の無人化を心から憂いております。


翻っ て世界を眺めると、このような高所山岳には、様々な自然観測・観察の拠点、自然科学の研究拠点として、ハワイのマウナロア山、中 国のワリガン山、ヨーロッパアルプスのユングフラウヨッホをはじめ複数の地点があり、大気化学のみならずさまざまな分野での観測、観察、研究に有効利用さ れています。山頂は冬季には極地になることから、材料分野などの先端技術の開発研究に極限環境としての性能試験の場を提供することも可能でしょう。こうし た観点からすると、我が国においては山岳観測拠点の整備は遅れております。


冒頭 にも述べたように富士山は日本人にとって象徴的な意味をもつ山であり、かつ自然の威厳と壮大さを教えてくれる場所でもあります。 気象庁によってこれまで維持されてきたさまざまな蓄積をさらに広く国民で共有し、山頂の美観を損なわない最小限の施設の維持発展をはかりながら、環境科学 のみならず、地震火山学や天文学、宇宙科学や高所医学、スポーツトレーニング学、先端材料技術、極限環境機器開発など幅広い学問領域に開かれ、教育、野外 活動の拠点としても利用可能な効率的な施設を実現することが重要な課題です。しかし、世界の山岳活動拠点と異なり、頂上とのアクセスは極めて困難であり、 冬季の富士山頂は徒歩による登山しか交通手段はありません。したがって、一研究者、一大学、一省庁のみでこの施設を維持できるようなものではありません。 幅広く、山に関係する専門家や野外活動に従事する方々のご協力がどうしても必要です。


さら に、ハワイやヨーロッパアルプスの例からも明らかなように、山岳活動拠点は広く世界に向けても公開され、重要な情報発信を行う役 割をも担うべきであると考えます。世界の拠点とも連携していくことにより、大きな国際貢献が可能ではないでしょうか。国際的な委員会などを設け、さまざま な国際機関と連携していくことも検討されるべきでしょう。 壮大な計画ではありますが、富士山測候所の跡地利用についての我々のアピールにご賛同いただけ れば幸いです。

発 起人 :
土器屋由紀子(江戸川大学教授、元東京農工大学教授)
岩坂泰信(名古屋大学 教授)
秋元肇(地球観測フロンティア研究システム大気組成変動予測領域・領域長)
長田和雄(名古屋大学大学院環境学研究科助教授)
兼保直樹(産業技術総合研究所環境管理部門研究官)
荒生公雄 (長崎大学環境科学部教授)
皆巳幸也 (石川県農業短期大学生物生産学科講師)
河村公隆(北海道大学低温研究所教授)
坂東博(大阪府立大学大学院工学研究科教授)
畠山史郎(国立環境研究所大気圏環境研究領域室長)
Jost Heintzenberg (Director General, Institute for Tropospheric Research, Germany)

世話人 土 器屋 由紀子

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